2007年6月 9日 (土)

山を通り過ぎる人々。

 今まで多くの若いアルバイトの人たちやボランティアの人たちが山に関わってきました。中には怪我をした子もいました。また多くの山に携る「山の親父達」がいました。
 今の山は、多くの人の血と汗の上に成り立ている。ということはできるかもしれません。
そんな多くの人の力が日本の山をハゲヤマにさせなかったのだと思います。
 詳細についてその経緯は、後日詳しく掲載できたらと思っています。
追悼
 松岡農林水産大臣、公団OBの山崎氏の自殺。社会的責任として責められる部分は多々あるかもしれないし、その責任の所在を否定するつもりもありません。
しかしながら一林業に携るものとして御二方のご冥福をお祈りいたします。

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2007年5月12日 (土)

山ノ神

_51269515月12日は山ノ神の御祭の日です。
私自身は1月1日と5月12日に御参りします。
(危険な仕事の前にも御参りする事もあります。)
 山ノ神は十二様(山=さん)とも呼ばれています。十二番目の神様であるからとか、一年で12人子供を生んだからとも言われています。「十二産」と書けばそういことになりますし、音では同じに言葉になります。
 そんなこともあって安産の神であったりするわけです。
5月12日に御参りするのは日が12日であること、また農業と林業は生業として、一体のものであることが多いので山ノ神様が里に降りてくるのを祝うと言う意味もあるのかもしれません。

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2007年4月26日 (木)

カモシカ。。。

_4146586_1 いま「山の親父のひとりごと」という日本林業調査会のだしている本のシリーズの御手伝いをしています。そのなかでカモシカの写真が必要で何回かチャンスはあったのですがそのつど失敗していました。
 一応野生動物なので難しいと言えば難しいのですが・・・。
この写真を撮った時、彼らは鹿と違い逃げ足遅いのでとにかく追いかけていきました。たまたま岩に周りを囲まれた所に逃げ込んで立ち往生している時撮ることができました。
カモシカはヒルの問題や苗木を食べてしまったりと一次産業の林業にとっては死活問題だったりします。(鹿も同様ですが)言えることは、増えすぎていると言うことは確かな事実です。
 なお天然記念物を傷つけたり殺したりすると罪に問われるので気をつけましょう。。
蛇足ですが、この写真を撮っていて思ったのですが、慎太郎に角を生やしてやったらこんな感じ??ちょっと似てると思いませんか?(笑)
(クリックすると写真が大きくなります。)

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2007年1月21日 (日)

最近はこんなことを。。

Kawa2最近は妻と乾燥させた板の皮むきをしていました。これから小屋に入れなければならないのですが、湿気ると虫たちの活動が活発になり、材が虫食いになる可能性もあるので、1枚1枚丁寧に剥いていました。
 良いものを作ろうとすると、時間も手間もかかるものです。
そのままカウンターにも出来そうなものもありました。
大事に使ってくれる人にめぐり合えれば・・・。

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2006年12月15日 (金)

ヘルメットさま・様

_c156090 9月10月と調子が悪くようやく11月中旬から調子の良い時は、リハビリに山に行くようにしている。
 ヘルメットで命が助かったと言えば、顔面に石を強打した時ヘルメットと眼鏡で致命傷には至らなかった。
 今やっている仕事は、アカマツの中の除間伐という仕事アカマツの中は様々な種類の広葉樹が生える、その中でも素性の良いカエデ類(モミジ)や栗、サクラ、カバ類も多少は残しつつアカマツが元気になるように、蔓や他の広葉樹を間引きしてやる、アカマツ林の場合ほかの木の侵入に弱くある程度の風通しと被圧を防ぐ為にどうしても必要な施業だ。
 さて話は戻るが、不健康なアカマツ林では、蔓や被圧で枯れてしまっているものが多くある。そんな中で仕事をしていると時々蔓を切った瞬間枯れていた幹が頭上から降ってきたり、蔓ごと「鐘ね撞き堂」の鐘よろしく突き飛ばされることもある。
 たいした時間もやっていないのですが、集中力の無さも手伝ってか、二箇所ほどヘルメットを割ってしまった。(アカマツの幹が落下してきたようだ。)
 でも被っていなかったら、確実に自分の頭は「ザクロ」状態だったこと考えれば、ヘルメットさま・様といった所です。
 林業の現場は・・・・・・。

 蛇足ですが、最近、林業の労災掛け金が非常に高く経営を圧迫していることから約10%から5.6%に下げられた、舌の乾かぬうちから去年(立ったと思う)6%まで再び上昇。やはり就業中の事故は多いのかもしれない。
 怪我には十分気おつけたいものです。

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2006年11月27日 (月)

奥深い山の中

 今日、久しぶりにゆっくりと常連さんと話す機会があった。
色々考えさせられた。魚の話もそうだが、山の話はつい熱が入りすぎてしまったような気がする。m(__)m
 山を取り巻く環境は一つとして同じものは無い。
複雑に絡み合う生命のいとなみの一つを解き明かしても、またそれが相互に絡み合いより複雑になっていく。
 少しずつだが山や林業の話しも書いてみようかと思った。
ぼちぼちだが書いてみようかと思う。(それだけでは無いですが)
 霧深い山の中をさ迷うように・・・・・・・・・・。

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2006年8月 3日 (木)

製材と桟済み

Seizai 「大きな鋸で木の中実を取り出してい。」製材はそんな仕事だ。市の施設で「わらべ工房」というのがある。そこで挽いてもらっている。
 木を乾燥するにはある程度製材するか、もしくは、背割りを入れて皮をむくかの二つの方法がある。
 スギは面白い木で、木の中に水を溜め込もうとする能力に秀でている。その機能を果たしているのが、シラタとアカミの境にある白線体といわれる組織だ。これはロウソクの蝋をイメージしていただくとわかりやすい。
水を通しにくい仕組みなので当然人工乾燥であるとその含水率のちがいから、木の割れやねじれが多くなる。
Sanzumiこの写真は、桟積みを終えたところ。このように天然乾燥で置いておくとゆっくり水分が抜けていくぶん、あまりヒビや曲がりが大きくなりずらい。また色あいも美しく仕上がるのが特徴。
 ここまで自分で面倒見る人は少ないけれど、良いものを出したいと思えば手間と時間を惜しまずかけるのも必要なことだと思う。

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2006年7月25日 (火)

生きている材料。

P7223654 木を材料として使うためには、木を切ったあとも製材し、その後乾、かすということを経てなければなりません。
強引に乾かすことも出来ないことは無いのですが、木を殺してしまうことが多々あります。
 写真はコナラの木です。倒木したものをつい最近製材いたしました。
 木のよさを生かしたまま乾燥させるには、天然乾燥が最も良い乾かし方です。木にもよりますが、完全に乾かすのでしたら、1寸一年といわれています。

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2006年7月 3日 (月)

木挽き。

Kiyomi 先日、ぐんま森林と住まいのネットワーク のイベントで木挽きをしていただいた。
 木は、シャロムの森の中の、「山の神」の木が折れたものを使っていただいた。
 木挽きは林組の親方、林似一(はやし いいち)氏と東出朝陽(ひがしで あさひ)氏です。
 木を読む時の林氏の目は眼光鋭くほんとに真剣勝負です。様々な経験の中からこの中にある木目や、キズ、腐れ等を見透かしているかのようでした。厳しい眼差しの中にもいかにして原木の中から無駄なく良いものを取り出せるかを考えているようでした。
Metate  すごいと思うのは、目立ての時の繊細な指使い、その指の動きは、「美しい」と言う言葉が一番ふさわしいかもしれません。何の気負いも無く、一定のリズムで繰り返される、ヤスリさばきや、指先の微妙な感覚で磨げているかを瞬時に判断して、また次の刃へ。
 その一連の動作がえも言われず「美しい」。なんともいえない一時です。
 上の写真の真剣な顔をしてる時は近寄りがたいオーラがあって話し掛けづらいのですが。質問などすると気さくに答えていただけました。その時の顔は、やさしそうな笑顔です。
 またこのギャップもたまらない。

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2006年6月12日 (月)

土日のイベント

93sugi 10日、11日とNPO法人日本民家再生リサイクル協会の民家の学校第3回講座として、林業体験をしました。
写真は93年生のスギ林、93年間そこにづっと育ち続けたと思うと感慨もひとしおです。
 初期造林地でこれからも皆伐する予定のない山です。
用意から何から40人規模のイベントですからそれなりに大変ではありますが、多くの人に林業の実情、ありのままの山の姿を知っていただきたいと思いますし、「伝えなければいけない」と思う気持ちもあるのでどうにかこうにか、やって来れたイベントでもあります。(今回で4回目)
 いっしょにやっいる仲間のK氏とは「100年後の未来のために」を合言葉にやってきました。冷静に検討すれば日本の山に「100年後は無い」と言う結果しかえられませんが、「馬鹿も度が過ぎればどうにかなるかも。」等と甘い夢を持っていたりします。
 これから先どうなるかわかりませんが、夢だけは持ち続けたいな~。

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2006年5月31日 (水)

4度目の崩落

1_1 ここは、今年になって崩れたのが4回目です。
 一度目の崩落で水脈が手前にずれたこともあり、何度も崩れています。下の部分を支えていたのは、ミズメという木ですが、この木の特色としては、がっちりと根を岩に食い込ませる性質を持っています。また木の質も硬く丈夫なことでも知られています。
 しかし今回の場合山ごと落ちるパターンでどんな木であってもその速度を弱めることはできても、崩落を止めることはできません。
まだ数回崩落を繰り返さないと安定した状態にはなかなかならないかもしれません。

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2006年5月21日 (日)

50年の歳月

Nenrin このヒノキの直径は約20cm、しかしながら目の詰まったいい材だ。たった20cmだがここに刻まれた年輪は50を越えていた。
 50年人間の世界では何が起こっていたのだろう。
完全に入口をとめてシャロムは丸5年、6年目に入っている。その時間は、川に劇的な変化をもたらした。
 ヒノキの寿命は長い、東大寺のヒノキは1000年物を使ったということからも、ヒノキの寿命の長さを感じることができる。私たちの管理している山で一番古い造林地は約100年(スギ林)。木の寿命からすればほんの一瞬かもしれない。けれどそこには・・・。
 たかが100年、されど100年。多くの人の思いが今も通い続けている。

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2006年5月 9日 (火)

水辺域の管理

P5061842 山の管理は非常に複雑な要素がからみあってこれが最善と言えるものはなかなかない。
 これが水辺であると更に絡み合ってくる要素は多くなる。
 さて写真を見てここが、どこだか分かる人は多いかもしれない。二股に分かれる500mくらい手前の場所です。
ただすでにかかり木を処理した後なので様子が違っているかもしれない。
 カバーについては以前何度か記事にしました。その中で、「根付き」の倒木について触れています。この木はおととしだったでしょうか、台風の時に根付きのまま倒木しました。

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2006年4月27日 (木)

シャロムの森には・・・?。

Syutyu_125日、26日林業新知識(月刊誌)の取材を受けた。魚というよりは、林業関係の取材。
たまたま、水をからめた写真を撮ると言うことで寒い日にもかかわらず水の中での撮影をしていただけた。
 しかし・・・。

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2006年4月 4日 (火)

ガイアの夜明け

Burinawaガイアの夜明けを見ました。速水亨さんは今、日本で一番有名な林業家といっても良い人です。速水さんのビジネスモデルがそのまま、日本の多くの森を再生させることが可能かというと残念ながら無理なのです。
 なんといってもエンド価格で10倍以上のヒラキがあり、生産性の向上とコストカットしても利益率になればその差は100倍~∞倍ですから。
伊那の遠藤寛子さんもがんばっていましたね。素晴らしいです。ただあそこに出てきた人たちは森林所有者=林家であって林業家ではないんです。林業家の業は産業ではなく生業(なりわい)の業と考えていただいたら解りやすいと思います。(ごく一部の林業家を除いては)
 私自身は、林家→林業家になる方が増えてくれれば夢(根本的には必要)のようだと思いますが、現実は厳しすぎるので、そうなりたいと言う人がいても「やめた方が良いよ」と言うでしょう。
 製材さんも厳しい中でやっているのですが、最終的に再生可能な値段でスギを買っているのか?といのは疑問の残る所です。「どうにか継続を」との社長さんの言葉がありましたが・・・。厳しい中ですから原木を安く買い叩いてもしょうがないのですが・・・。
アラスカの話しがありましたが、アラスカに限らず、ニュージーランド、北欧もまた同様な状況になっているような話も聞きます。
 いずれにしても森林の継続ある管理が必要なのですが・・・。
だからこそ、この時代の隙間から「シャロムの森」が現れたのかもしれません。

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2006年3月30日 (木)

始まりであって終わりでない話

Uetuke皆伐(はげ山に)してしまった多くの場所を様々な企業が国のODAを使ったり、多少のお金を出して「木を植える」ということを行なっている。植えないよりはましなのですが、本来大切なのは植え付けるという行為そのものよりも、木(気)の長い時間を通して「保育」と言うことを行なっていくことのほうが大切です。
 日本の場合こんな急斜面での作業が多くなりますから生産性も上がりずらいという特性もあります。
きったら植える。植えたら育てる、育ったら収穫するそしてまた植える。この当たり前の行為を行なうことが不可能な現状は嘆かわしく感じます。(仕方の無いことなのですが。)
 ただ急斜面であるがゆえに(場所にもよりますが)、放牧地になり河川においても富栄養化し過ぎるということは少ないのかもしれません。(もちろん湖なのではまた違ったことになるのでしょうが)
 話を戻しますが、そういったより良い森を創るための時期に、日本の林業は本来差し掛かっているはずなのです。それは間伐ということになるのですが、殆どが50年を過ぎると、二束三文で売り払っているのが現状ではないでしょか。
 本当ならばこの程度の林齢から、70年くらいまでを2回ほどの強度の間伐をかける事によって素晴らしい林、山にすることは決して難しくは無いのです。
 現状そこまでのリスクをとる林家の方は少ないかもしれません。
でもやらなければ・・・。未来は明るいのか暗いのか推察することもかないませんが、今できる事をやっていかなければ・・・。
50年後の山は、100年後の山は・・・・。今できることを。。。
ここ数日、頭の後遺症に悩まされつつ、春になったら体が動くことを期待しつつ。。

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2006年2月14日 (火)

初めての釣り。

DSCN0721

 初めて釣りをしたのは、小学校にあがる前(30年以上前)だったと思う。祖父に連れられ山へ行った時のこと。おもむろに竿を渡され遊んでなさいと言われた。お昼休みだったのかもしれない、近くに山で働いている人がいて「あそこに投げてみな!!」「いや違う、もうちょっと上」 「よしそこそこ、そのまま・・・。」目印の  が沈み込む同時に手には「ブルブル」という振動が、「よしきたぞ、早くあげて」糸の先には、18cmくらいのイワナがついていた。  今でも鮮明に覚えている、小さな時の記憶。  
 つりを教えてくれた、山の人たちももういない。ただいえるのは、そういった人たちが一生懸命、木を育ててくれたからこそ、今の山があることだけは確かだと思う。  林業全体は、難しい局面(放置するか、借金をして保育し続けるか)にある。けれど、放置してしまうのはあまりにも申し訳ない。(かといってお金があるわけではない。。)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
でも、そういった人たちの思いや気持ちも含めて、山を未来につなげていきたいとはおもう。

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2006年1月 6日 (金)

小さな虫達から。

kawagera私が「自然」というものにたいして、最も身近な存在として選ぶ言葉は多分「山」という言葉だと思う。
 山というのはあまりにも漠然としてるが、森という範疇、川という範疇、動物という範疇、植物という範疇、哲学という範疇、全てを含んでいる意味で使うことが多い。 そこには、やさしさだけでなく、厳しさやあるがままの姿であるからこそ時に残酷な事実を常に投げかけている。 がしかし・・・。「山を見て森を見ず」「森を見て木を見ず」「木を見て地を見ず」「地を見て山を見ず」といったことが往々にしてやらかしてしまうのもまた現実の反省だったりする。そんな時、山は、小さなものから1つ1つの足し算で成り立っているということに目を向けてみると良いのかもしれない。今は冬で山全体は静かに休眠期に入っているようだが、水中では、「ハルパクチクス」という底ミジンコの一種が生まれたばかりの稚魚のエサになり始めている頃だろうか??もう少し暖かくなってからのことかもしれない。しかしながら、そんな小さな生命のいとなみの全ての集合体として「山」を見ることができるなら、まさしく「山」は生きているといえるのではないだろうか。
 静かな山の中から聞こえてくる確かな生命の営みに思いをはせつつ、今年はどんな年に・・・。

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2005年11月19日 (土)

森林療法って?

_B198359森林療法もしくはセラピーというのは最近林業界の中では注目されている1つの流行でもある。簡単にいえば皆さんが森林の中で「気持ちいい、ストレス発散できた。」などの経験則をある程度学術的な根拠を元に、転地療法をはじめとした「予防医学」と言ったものに取り入れることが可能なのではないか?ということが、省庁を超えて今論議されつつあり、簡単に言ってしまえば、シャロムの森に来ていただいた多くの人にはお分かりのようにように、「山の中に入って気持ちいい」といった当たり前の部分が、化学的な裏づけがされつつある。という状態のようです。
林業も本業(山を維持管理していくこと)が難しいというか、実際は不可能な数値的な裏ずけがある現在、また違った視点において、こういった新しい可能性を探っていくことは、必要であるように思う。最終的に私にとっては、施業(山の様々な仕事)を行うことが可能な資金をなんらなかの形で捻出しなければならない現状にあって、1つの可能性を感じるイベントでした。
 今すぐの解決策にはならないかもしれませんが、5年後10年後においては、有効であり、今まで途切れていた、人と、山が繋がるきっかけになるかもしれません。
現状何ができるか?現状での効果についての言及は難しい部分多々ございますが、様々な可能性はこれからも考えていきたいと思っています。
イベントに参加してくださった皆さん、また上原先生に熱く御礼申し上げます。
追伸
 今日はT&Yさんがせっかく来ていただいたのにお話できずに残念でした。それでも通りすがりに手を振っていただけて良かったです。例のものはまた後ほど。(^^;

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2005年11月11日 (金)

渓畔林(過去記事より)

keihan渓畔林1
 渓畔林が健全であるか否かで、その川の状態が大きく変ってきます。 その効果は主にリターの供給,木片等の供給、木材の供給、砂の供給等があげられます。 リターの供給は、直接水生昆虫のエサになることからもその効果は周知の事ではないでしょうか。 木片等の供給は、腐りにくい葉類(トチノキの葉、針葉樹の葉等)や枝等がそれにあたる、基本的に、大水が出れば流れてしまうが、何度も岩や、木材にひっかかり、水生昆虫のエサとなるリターを長く川に留めておく役割を果しているのではないかと思われます。こういった小規模のカバーは、6月くらいまでは、稚魚の良い隠れ場所になってくれます。(主にカタ等)  木材の供給(生きたき含めて)は、主にカバーの形成、滝の形成に大きな役割を果しています。カバーは、鳥などの天敵から隠れる場所として、また虫たちの供給源として、その役割を果しています。  砂の供給は?っと思われるかもしれません、地形、地質とも関係し一概には言えませんが、広葉樹であっても林齢の高い林からは、砂の供給があります。砂の供給は、魚の産卵に大きな影響を与え役割を果しています。  難しいのは、役割を果している(メリット)一方で、必ずと言っていいほど、デメリットになっています。
渓畔林2
 渓畔林は、その特性から、多様性が求められます。樹種はもちろんのこと、その階層にも多様性が求められます。  地域差はありますが、沢の木では何が思いつきますか?シャロムの森では、スギ、サワグルミ、ヤチダモ、シオジ、ケヤキ、イヌブナ(クロブナ)、ヤナギ類、カツラ、フサザクラ、カエデ類(ハウチワカエデ等)、トチノキ、トウゴクヒメシャラ(キンシャラ)等々。。  実を言うとシャロムの森を形成している森林(山)の人工林率は、70%を越えています。日本の人工林率(平成14年度で41%)の1.7倍ですから人工林は多いと言えると思います。シャロムの森に来ていただいた方はご存知かと思いますが、たぶんそんな感じは受けないのではないでしょうか?これは、まだ「渓畔林」という概念ができるずっと以前から、川の近くや、尾根筋は広葉樹(針葉樹ももちろん残しました。)を残しました。当時は散々な言われようをしたようですが、今になって見ればシャロムの森の宝物になっています。(砂防ダムが少ないのも、できるだけ作らせなかった経緯があります。理由は同じようなものですが)
渓畔林3
 シャロムの森は「暗い」というのはよく言われていることです。今年は、明るさという観点よりも、「ふりやすさ」を考え多少下層木の手入れを行ないました。「光」を調節するということになると大掛かりに上層木の手入れ(間伐)を行なう必要性があります。以前にも指摘しましたが上層木の役目にも有益なものがあるわけです。魚の卵に有害とされる「紫外線」の遮断。また中~小のカバーの供給(中小の枝)、そして上層木が倒木して起きる大型のカバーの供給という三つが上げられます。  中~小のカバーは水中に没し小さいながらも滝を形成し流れに変化をもたらしたり、落葉を一定時間留めおき、水生昆虫の繁殖に寄与することもあります。またこういった落葉の溜まり場は生まれたばかりの稚魚の隠れる場所にもなるわけです。  倒木の場合は(大きなカバーは)、それ自体良いポイントを形成するとともに長い間その場所にとどまることを考えると、安定した繁殖の場所(伏流する小規模の滝)を形成したりその木の下は、鳥や小動物(シャロムの場合テンなど)から身を守る隠れ場所になります。(稚魚~当歳魚)  何も考えず切るのが非常に楽(コスト的に安価であり技術もいらない)なのですが、むやみやたらに切ればいいというものでもないようです。
・ 上層木の除去方法とアイデア
1上層木の間伐及び除去  原木として有用な広葉樹に関しては資源として活用の方向へ。
2上層木間伐カバーへの利用  釣る際に邪魔になる枝を除去し(邪魔にならないと考えられる部分は残す)大きなカバーとして設置する。
3上層木を倒木させる。(根付き)  根がついていることで非常に安定性(長い間同一場所に存在し続ける)をますことが可能である。枝については2と同じ。
4中層木の残置処理  中層木はできるだけ残し(一部は伐採)紫外線をある程度遮断できるように残しておく。   
以上のようなことが考えられます。全ての流域にたいし実行は不可能でありますので、部分的(ブロック)な処理を考えていく必要があるかもしれません。

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2005年11月 8日 (火)

必要ない木はない?

 「必要ない木はない!。」と個人的には思っている。落葉1つとっても、分解されやすい葉、分解されにくい葉がある。ついつい「広葉樹は針葉樹より分解されやすい」というのを信じてしまうとおかしなことになる、トチの葉と杉を比べると、トチの葉のほうが分解速度は遅い、シャロムの沢沿いでいえばイタヤカエデなどは結構早い部類に入る。(もっと分解速度の早い葉としてはハンノキ、カバノキ属等は早いといわれている)、他にも色々あるのだけど、ある1つの能力が高いと言ってそれ自身が万能ではないということは、自然を相手にしていると、痛いほど良くわかる。それぞれの樹種にはそれぞれの役割があるのだと思っている。_A146918
 「スギはどうよ」と聞かれれば、確かに分解速度が遅い部類には入るが、その形状から、他の葉を一時的に留めておく力(小規模なカバー形成)でいえば、群を抜いているように思える。そのトゲトゲとして葉は、様々な葉をからめ取り、水生昆虫の一時的な補食場所となっているようだ。時期としては、山の水がオバーフルードが起こる6月~7月頃まではかなりの力を発揮している用に感じる。
 それぞれの木には、それぞれの役割があり、それが複雑に絡み合うことで、初めて、多様な生物群を作り上げているのではないだろうか。

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2005年11月 2日 (水)

林業って??

komorebi 林業って何?っと聞かれると思わず言葉に詰まる。職業は?っと聞かれれば「キコリ」っと答えるのがわかりやすいような気もする。
 林業と一言にいってもその中には色々な職業がある。「木や山を持っている」「木を育てる」「木を切る」「木を挽く」大別するとこんな感じになる。
 私自身は、前の3つを基本的には生業としている。職業といえるほどの力がないのもまた事実だったりする。(現在は特に)
 「未来へどうやって良い形で受け渡すことができるか」というのは、生涯悩み続けなければなならない課題なのかもしれない。
 「山(自然を)を守っているのではなく、山に守られている。」
100年後の未来のために、今何ができるだろう。

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